もうひとつの古城山(山県市)2

「ミニ大桑城」からの眺望。右奥に金華山と岐阜城が見える。その手前に百々ヶ峰、岐阜と各務原の権現山、そして各務原アルプスが続いている。更にその左には名古屋駅の高層ビル。美濃と尾張の一部が見渡せる。天守閣があったかどうかは知らないが、時の美濃国守護土岐何某もこの景色を眺めていたのかと思うと胸が踊る。

↑ 西の方角。池田山の後ろに頂を覗かせているのが伊吹山。鈴鹿山脈、養老山地が見える。

山頂のミニ大桑城は高さ3.3m、間口は一間。かつてそこにあったとされる大桑城を模して1998年に地元の有志によって建てられたもの。”本当”の大桑城は1552年に斎藤道三の焼き討ちで焼失している。

ミニ大桑城の裏側(北側)に三角点。現在は北側の眺望は無い。東側は少し見えるが山座同定はできなかった。看板には古城山(金鶏山)と書かれているが、これには伝説があるようだ。古城山腹に現在も水をたたえている「切井戸」がある。土岐頼芸が斎藤道三との戦いに敗れ逃げる際に家宝の金色の鷄をこの井戸に隠したといわれ、元日の朝にこの井戸から鶏の鳴く声を聞いた者は長生きできるという言い伝えがある(金鶏伝説)。※出典:大桑城歴史・登山マップ(岐阜県山県市編)。

山頂には5〜6人が居たが、腰を下ろして休憩する場所がなく、一段下りた見晴らしの良い場所でランチの風呂敷を広げた。が、真正面から照らす日差しが強く、あえなく撤退。パノラマ写真を撮って、もう一段下の「伝 台所」という場所に下りた。ただその場所は樹林の中にあり日当たりが悪く寒かった…。

先週古城山で無線運用をされていた局長さんと交信し、この付近の無線運用スポットを教えていただいた。当初より下りは別コースと決めていたので健脚コースではなく、「はじかみ林道」へ下りた。

ここもクヌギ・コナラ類の落葉が多く足場が見えないほど。

こんな中をクロックスで軽快に登ってきたご婦人が居たり、とても運動靴とは呼べない”普通の靴”を履いたご高齢の夫婦が居たり、膝を汚した(滑って膝を着いたと思われる)若者がいたり…と、大丈夫かなと思う。はじかみ林道登山口から山頂へは20~30分ほどで登れると何かに書いてあるらしいが、それは普段から山に登っている人か、普段から運動をしている若者ぐらいで、観光で大桑城跡を見たいが故に登る人にとってはかなり難易度が高いコースかと思う。幸いというか、はじかみ林道コースは、先に述べたようにしっかりとしたコブロープがほぼ全ルートに張られているので、最悪はそれに頼って登るも良し、下りるも良いが、これも普段から使い慣れていないと危険度はそれほど下がらない。確かに登山口には「道迷い・転倒・滑落が多発中!軽装の方、体調に不安のある方は登山を控えてください…」云々の看板があるが、ちゃんと読んでしっかり理解している人は少ないのではと思った。

パラグライダーの離陸場があった。NHK大河ドラマのサイトには、「最後の拠点大桑に移った美濃国守護の土岐氏は越前朝倉氏の居城一乗谷にならい、大桑城の城構えや城下町を整えた」との記述が見られるが、つい最近一乗谷を訪れた自分としては、この風景を見ると十分に納得できた。

はじかみ林道コース登山口に下山。トイレあり、向かい側に10台ほど停められる駐車場あり。自販機はない。おおが城山公園駐車場まではここから舗装路を歩く。標高差200mほどを2.7kmかけて下りなければならない(笑)。まあ、のんびり参りましょう。

城山展望台は工事中で立入禁止だった。展望塔があるらしいので次の機会に期待。

久しぶりに大腿四頭筋がプルプルする下りだったが、樹林の中に居ては見るこができない、山全体の紅葉(と言っても既にピークは過ぎている)を見ることができて、なかなかよろしい。

車の往来も少ないので、途中に東屋でもあれば良いな、あったら休憩しようと思いながら歩いていたが、おおが城山公園駐車場の100mほど手前の日陰に東屋があった(笑)。それも、やや朽ちかけて…。求む整備!

舗装路を40分ほど、とぼとぼと歩いておおが城山公園に帰着。真ん中奥のピークにミニ大桑城が見える。

戦国時代の遺跡や遺構に興味のある方は、今回登った健脚ルートでの登山をお勧めする。このブログではかなり端折った内容(笑)になっている古城山の山頂一帯には、大小90余の曲輪(山の斜面に造成された平坦地)が分布しているようだ。おり、先に述べた敵が容易に侵入できないよう堀切や竪堀、馬場などが設けられ、一部に石垣も残っていて面白い。※このブログを書くに際しては岐阜県山県市のホームページを参考にしています。

 

 

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