2020年梅雨、北陸の旅。

「令和2年7月豪雨」の傷痕が消えぬというか、例年にない大雨が続く今年の梅雨であるが、所用がありこの週末は石川県の親類の元へ出かけてきた。早朝から大粒の雨が降り続く中「下道」を走った。復旧活動が行われている岐阜県飛騨地方を縦断し富山県との県境を超えた辺りで雨は小降りになったが、高山市古川町から飛騨市神岡町にかけての山間部ではかなり激しい雨だった。山から排水路を通って流れ落ちてくる水は勢い余って大きくバウンドして国道に叩きつけている。鉄砲水の恐怖を感じながらのドライブだった。

富山県に入ると大雨も収まり、経由地の「閑乗寺公園」に立ち寄る頃にはどんよりとした空模様になっていた。

この場所には無線運用の為に立ち寄ったのだが、思いがけぬ素晴らしいロケーションだった。LCRで富山の局長さんと交信できた。

散居村展望広場駐車場からの眺望。標高約300mの展望広場からは砺波平野(南砺市、砺波市、小矢部市辺り)が一望ができる。晴れていれば日本海も見ることができるのだろうか。閑乗寺公園の施設にはキャンプ場や旧ゲレンデのグランド、遊具広場などがあるようだが、近くには「八乙女山」(標高756m)の登山口があり、往復4~5時間の山行が楽しめるようだ。

当初の計画では石川県の宝達山で登山を行うべく、道具一式を車に積んできた。しかし空はどんよりだし(雨は小康状態)、何より湿度が高く、動かずとも息苦しさを感じるほど。登山口がある宝達志水町付近をウロチョロした後、「のと里山海道」を経由して宿泊地の白山市へ向かった。

↑ 道の駅高松(里山館)の下にある駐車場から。青空が覗いている。

日本海を右に見ながら金沢方面に南下する。制限速度は80km/hか。流れに乗って走るが気持ちが良い。しかし、ウキウキ気分は長続きせず、親類に渡すつもりで用意した「ご祝儀」を家に忘れてきたことに気づく。コンビニに途中下車しATMでキャッシュを下ろし、のし袋を調達して事なきを得た。最近こんなエラーが増えたなあ・・・。

夜。親類と合流した後、食事に出かけた。コロナ騒動が始まって以来の会食だ。とにかく寿司が食べたかったので「もりもり寿司」へ。店も色々配慮しているのだろうが多くの家族連れが訪れ、受付で20分ほど待つことになった。食事は美味しく頂いた。

翌朝。ビジネスホテルでしっかりと朝食を取った後、帰路につく予定も思い直して福井県坂井市の丸岡城へ。やや強い雨が降り続く中、小松市・加賀市と国道8号を南下。ホテルからは1時間程度で丸岡場に到着した。丸岡城の駐車場では福井の局長さんにDCRで交信頂いた。

丸岡城と言えば町おこし事業の「一筆啓上 日本一短い手紙コンクール」で名を馳せた。しかしなぜ丸岡城で「一筆啓上コンクール」なのか気になるところ。徳川家家臣の本田重次が長篠の合戦で妻にあてた手紙「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」に出てくる「お仙」が、後の丸岡藩主本多成重(幼名仙千代)であるというお話。

丸岡城は寛永年間(1624年~1644年)に建造されたとされている。全国に12ある現存する天守のひとつに数えられているが、1948年の福井大震災により天守が倒壊。現在の丸岡城は、当時の建材等を使って1955年に再建されたもの。画像の石製の「鯱」は福井大震災の前、1940年~1942年の修理の際に作られたものだが、震災後に本来の木彫(銅板張り)に改められている。

 

天守閣内の階段はこの傾斜。サポートするコブ付きロープ(登り綱)があって、ちょっとした懸垂上昇と下降が楽しめます(笑)。

上から見下ろすとこんな感じ。左側通行の標識がありましたが、ここでの人のすれ違いは無理でしょう。

望楼からの眺め。間近(周辺)の景色がなんとも近代的で・・・。スマホで標高をチェックしたら意外と低く約15mほど。眼下に広がるは坂井平野。

丸岡城の敷地から少し離れた所に「一筆啓上 日本一短い手紙の館」があるが今回は参観せず。書き忘れたが丸岡城の入場券(450円)で併設の「丸岡歴史民俗資料館」と一筆啓上 日本一短い手紙の館への入場も可能。

福井市内の酒屋で地酒を購入し帰路に就いた。途中、トイレ休憩のために立ち寄った「道の駅浅井三姉妹の郷」。新しい生活様式での三姉妹とお市の方の銅像。お疲れ様です(笑)。

 


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