伊豆修善寺へ。

コロナ禍ではあるが、今年のGWは「天城山縦走」を計画していた。が、出発を前にして体調に異変が現れて計画を一部変更し、天城山登山を諦めて「伊豆旅行」に変更した。コロナの症状とされる37.5度以上の発熱や倦怠感、味覚異常はないが、咳や喉の痛みといった風邪の症状があり、当初予定していた出発日には目の痛みが加わった。

地元のドラッグストアで風邪薬と目薬を調達し、予定を1日遅らせて5月2日に出発した。平日料金の高速道路を避けて一般道を利用して伊豆長岡へ。伊豆ともなると普段利用するビジネスホテルを探すのが難儀で、温泉旅館や高級ホテルが一般的である。ネットで探し当てた湯治場に一泊したが、それでも料金はよく利用するビジネスホテルの2倍以上する。風邪の症状は収まっているが目が痛い。夕食は湯治場近くの寿司屋で一杯ひっかけ、千鳥足で宿に戻ったが、涙が溢れて視界が翳んだ。

翌5月3日。目は炎症を起こしているらしく、目覚めても瞼が開かなかった(笑)洗顔や市販の目薬の点眼という処置で早朝から行動を開始し修善寺を散策した。行動開始が早かったこともあり修善寺までの道中は混雑することなく、駐車場も「修禅寺」の真ん前の土産屋に停めることができた。2時間以内の駐車で300円だったから良心的な料金設定だと思う。

地名は「修善寺」、寺名は「修禅寺」で、表記が異なるが、両方とも「しゅぜんじ」と読む。初期には「桂谷山寺」と呼ばれており、鎌倉時代より「修善寺」と呼ばれていたが、鎌倉時代中期に曹洞宗に改宗し「善」を「禅」に変更したとの説がある。出典:Wikipedia

久しぶりに御朱印帳を持ってきたので本殿にお参りした後、御朱印を頂く。コロナの影響もあるのか、御朱印帳に記するのではなく、御朱印を記した紙を渡された。

2021年5月3日 修禅寺

日枝神社は「修禅寺」の隣にある。
商店街?を入って直ぐ左に鳥居が立っていた。

案内板にあるように、隣にある修禅寺の鬼門に当たり、もとは修禅寺の山王社(鎮守)で弘法大師の建立といわれている。明治初年(1868)の神仏分離令により分離された。夫婦杉など巨木があり、神社としての風格、威厳を見せている。

そして御朱印。こちらは御朱印帳に書いて頂けた。駐車場の300円と修禅寺での300円でうっかり小銭を使い切ってしまっていたので自分としては珍しく、お守りをひとつ買い求めた。

2021年5月3日 修善寺日枝神社

駐車場の女将さんが勧めてくれた「桂川」河畔の竹林を散策する。

人出は多くはないが、50mほどの「竹林の小径」には30人ほどの人が集っている。ここでは久しぶりに中国語を聞いた。ささっと往復して駐車場へと戻った。

紅葉も良いが、新緑の下を歩くのもなかなかよろしい。

修善寺では大阪から伊豆に移住してアウトドアショップを起業した若い夫婦の店を訪ねた。修善寺駅から徒歩30秒にある「SANKAKU STAND」という洒落た名前のお店だ。二人はYoutubeも運営していて、山関係の動画を徘徊しているうちに見つけた。このご時世、職を辞して生活の場を見知らぬ土地に移してなおかつ起業するなんて、なかなか出来ることではない。が、若いから出来るのだと思う。自分はこういう志のある若い人たちを心底応援したい。

今回の旅では天城山に登れなかったので、また近いうちに天城山登山を兼ねて修善寺も訪れたい。

修善寺を発って諏訪へ移動。もちろん一般道を利用する。富士市、富士宮市まではスムーズに進めたが、国道139号(西富士道路)に入ってからが大渋滞。後で知ったことだが「富士芝桜まつり」なるイベントが本栖湖畔で行われていて、そこへ向かう車が多かったようだ。渋滞を抜けるのに3時間近くかかっただろうか。高速道路を使わない予定だったが、たまらず甲府昭和インターから中央道に上がった。諏訪のビジネスホテルにはいつも16時前にはチェックインしているが、今回は18時を回っていた。

 

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