神社巡り〜前橋編。

谷川岳で無念の敗退を喫し、投宿地の前橋市へ移動。沼田・渋川と国道17号を南下し前橋に入った。前橋市内からは新しくできたバイパスのようで、昨年更新したマイカーのカーナビには載っておらず、少しあたふたした。

予約しておいたビジネスホテルは前橋駅の近くにあり、料金も値頃だった。チェックイン時にもらった居酒屋の優待チケットを握りしめ、夜の街に繰り出したが、どの店も予約がいっぱいで席に空きがなく、仕方なく駅から少し歩いたところで晩餐にありついた。関東の北の端にある群馬県だが、宿泊代に加え飲食代もお値打ちだった。食事の帰りに前橋駅の売店に立ち寄り、浮いたお金で地酒を買い求めた。

翌5月5日、この日の予定は神社参詣である。関東を中心に300あるという赤城神社。前橋市内には3つの赤城神社があり、その比定を巡る議論が歴史の中で繰り返し行われていた経緯がある。現在、総本宮とされてれいるのが赤城山の麓にある「三夜沢(みよさわ)赤城神社」、もしくは山腹の大沼湖畔にある「大洞赤城神社」だそうだ。「二宮赤城神社」が前橋市の南部にあるが、今回は前者の2箇所へ参詣した。

三夜沢赤城神社。この日は境内で武道大会が行われるらしく、小・中学生と思われるが多くの剣士が準備をする中で拝殿にお詣りした。うかうかしていると竹刀の先が飛んできそうだ。そもそも赤城神社は「文武の神」が祀られていて、古来より著名な武道家がその武術を奉納したと伝えられいる。競技は剣道と空手(なぜか柔道は含まれていない)で、選手は群馬県内から集まっている。そのせいもあってか、神社の駐車場は満車で神社周辺に路肩駐車の長い列ができていた。

前述のようにじっくり境内を見て回れる状況になく、授与所で御朱印をいただくと、大洞赤城山へ向かった。

三夜沢赤城神社から西回りで大洞赤城神社へ。三夜沢赤城神社周辺は畜産農家が多いようで幾つもの牛舎を見かけたが、通過する際には香ばしい香りが漂っていた。県道4号に入ると、鍋割山や荒山の裾野を走るワインディングロードとなり、気持ちの良いドライブとなった。但し、自転車が多いので注意は必要だ。45分少々で大洞赤城山に到着。

新緑が色づき始めた赤城山と、そのカルデラ湖の大沼(おの)。周囲は申し分のない景観である。大沼の東側に小鳥ヶ島と呼ばれる半島状の岬があり、赤城山を後ろに大洞赤城神社が鎮座する。中央の山稜が駒ケ岳、左に黒檜山と小黒檜山。赤城山と呼んでいるが、一つの大きな火山体の名称であり、赤城山という峰は存在しない。右奥に見える赤い橋は赤城神社に通じる「啄木鳥(きつつき)橋」。

神社を出て、遊覧船乗り場がある方向へ移動。冬になると大沼には厚い氷が張り、ワカサギ釣りのメッカになるようだ。遊覧船乗り場近くに駐車場があるが、観光客より登山者の利用が多いのではないかと思うぐらい、周辺に登山者が多かった。赤城山は外輪山が連なるだけに幾つもの登山コースがあるという。初夏か秋、どこかで登山計画に組入れなければ…(あ、その前に谷川岳のリベンジを)。

大沼対岸から見る大洞赤城神社。

大洞赤城神社の御朱印。

大洞赤城神社から再び前橋の市街地へ向かう。標高1,500mほどの大沼からワインディングロードを一気に駆け下りる。途中、セルフのガソリンスタンドで給油を済ませ「前橋東照宮」へと向かう。前橋東照宮は元々は徳川家康の次男である結城秀康の五男が現在の福井県勝山市に創建したもの。紆余曲折あり埼玉県の川越市を経て前橋市に移された。

最近は、何処其処の城址・神社・仏閣でこのようなアニメ的なイラストを見ることがあるが、時代の流れだろうか。歴史的な価値がある史跡などでは違和感を感じざるを得ない。

前橋東照宮の裏からは前橋公園を見渡すことができる。

御朱印。

谷川岳では頂を踏むことなく敗退したが、”御朱印収集”のミッションはコンプリートできた。前夜は寝返りができないほど肋骨が痛んだが、車の運転にはまったく影響はなかった。高崎市から安中市に入り、遠く右手に見える妙義山の奇妙な山容は印象的だった。碓氷峠の長い登りとその後の長い下りは痛快だった。結局復路も自動車道を使わずに帰宅した。ほとんど渋滞することなく快調なドライブだった。機会を見て谷川岳には再チャレンジしたい。

 

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