植村直己冒険館を訪ねて

加藤文太郎記念図書館の次に向かったのが、「植村直己冒険館」。浜坂から約40km、1時間の道程だ。朝と同様、落ち着いて食事をする暇がなく、遅い昼食はコンビニ弁当を車中で食べた。

加藤文太郎はヒマラヤを夢見ながら叶えることなく1936年に槍ヶ岳で生涯を終えてしまったのだが、植村直己はその5年後の1941年に加藤文太郎と同郷の兵庫県に生を受けている。そして1970年に日本人として初めて、松浦輝男と共にエべレストの頂上に立った。植村直己については多くを語る必要はないと思う。登山家でありながら冒険家としても多くの偉業を成し得た植村直己がマッキンリー(現在はデナリと称している)で消息を絶って33年の月日が流れている。

浜坂から新温泉町の湯村温泉を経由して山陰道(国道9号)をドライブ(GWの真っ只中だが速度違反の取り締まりをしていた!)村岡温泉の先を左折し神鍋高原方面に向かうと「植村直己冒険館」はあった。想像とは異なり、モダンな、それも立派な建造物だ。入口はどこなのか、ちょっと戸惑うが、入口を示す大きな看板が出ているので迷うことはなかった。

”植村直己冒険館″

エントランスは”クレバス”をイメージしている。少し傾斜があり、幅は人がようやくすれ違えるほど。加藤文太郎記念図書館は入館無料であったが、こちらは入館料500円(JAFの会員証の提示で400円に割引してもらえる)が必要となる。

奥へ進むと両側にそそり立った壁が雪の回廊を思わせる。

館内に入ると最初に映像ホールに案内される。ここでは植村直己の生涯を映像で紹介している。基本的に館内は撮影禁止だが、犬ゾリの疑似体験ができるコーナーは許されている。

疑似体験はしなかったが、植村直巳の北極での生活に想いを馳せる。

展示室ではピッケルや登山靴、鍋、カップ、シュラフ、ウエアなどいわゆる山道具が数多く展示されていた。印象的だったのは、植村直己がエベレスト登頂時に担いでいたものと同じ重さのザック。軽い気持ちで持ち上げようとしてみたが、ビクともしなかった。あれを身長162cmの植村直己が担いで登ったかと思うと俄かには信じがたい重量だった。
順路に従い一旦館外に出るとクライミングウォールがあった。

売店でカンバッチやらキーホルダーなどちょこちょこっと買い求め、出口から2階(実質的には地上)へ上がるとメモリアルウォール。

右手のガラスウィンドウがメモリアルウォール(屋外展示)。

植村直己の生涯と行動の記録が残されている。

夜間にはライトアップされるようだ。

道中の渋滞などを考慮して、ひょっとしたら植村直己冒険館と加藤文太郎記念図書館のどちらはパスしなければならないかもと思っていたが、計画を完遂できた。渋滞はこの先、北陸道の米原JCTで起きていて、それを避けるために敦賀からわざわざ北上して福井ICで降りて、国道で大野市から岐阜県の郡上市を経て東海北陸道に上がり帰途についた。伯耆大山の登山に始まり出雲大社で参拝し、「岳人」の先駆者の故郷を訪ねる旅行を無事終えることができた。

 

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